はじめに
先日、オーダーキッチンのパーツや造作金物を手掛ける「エクレアパーツ(ekrea Parts)」様の小冊子にて、「ケヤキと共に暮らす家」のキッチンを取り上げていただきました。
誌面では、「住まい手の人生を引き立てる、最高の背景となる家」という見出しとともに、私たちが大切にしているミリ単位の造作や、空間全体のノイズを削ぎ落とす試みをご紹介いただいています。
メキシコの建築家ルイス・バラガンは、かつてこのような言葉を残しています。
「ノスタルジーとは、個人の過去にたいする詩的な認識のことです。芸術家にとっては、自分自身の過去は、創造力の源となります。建築家も、自らのノスタルジーの啓示に、耳を澄ませてみなければなりません。」
(Luis Barragan: Escritos y Conversaciones より)
今回の取材を通じて自らの仕事を振り返るなかで、私自身がなぜこれほどまでに「家族とキッチンの距離感」や「生活を受け止める佇まい」に心を砕くのか、その原点にある幼少期の記憶に思いが至りました。
原風景:小さな住まい、母の背中と食卓の記憶
私の台所と食卓の原風景は、大学入学まで暮らした公団住宅の小さな一室にあります。
そこには、いま主流となっているような広々とした対面カウンターなどありませんでした。壁に向かって設えられた、ごくシンプルな流し台。母はいつも家族に背中を向けながら料理をしていました。
視線を交わさずとも、背中越しに届く台所のリズムや煮炊きの匂い、その気配だけで我々兄弟の様子を感じ取っていたのだと思います。
襖を外して絨毯を敷き詰めた6畳足らずのリビングには、テレビ、父が集めた文豪たちの全集や美術展の大判図録が並ぶ本棚、そしてオーディオ機器とスピーカーが所狭しと並んでいました。休日の朝に父が手回しミルで挽く珈琲の香りと、レコードに針を落とす音。冬になれば皆でひとつの四角いテーブルを囲み、顔を寄せ合って過ごす毎日でした。
父が集めた小さな木彫りの置物、使い込まれた古い道具などが所狭しと並ぶ雑多な空間でしたが、物と人、人と人の距離が近く、そこには工夫しながら住みこなす豊かな時間が流れていました。
キッチンの形に「正解」はない
家づくりのご相談をお受けする際、「LDKは何畳くらい必要でしょうか」「やはり対面キッチンが良いでしょうか」というご質問をよくいただきます。
現代の住まいにおいて、開放感があり家族を見渡せる対面キッチンやアイランドキッチンが主流になるのはごく自然なことです。
しかし、自らの原体験を振り返るにつれ、間取りの形式やキッチンの形そのものに絶対的な「正解」があるわけではないと強く感じます。
壁付けであっても、背中越しに伝わる安心感や、料理に集中できる心地よさがあります。たとえコンパクトな広さであっても、家族が食卓をぎゅっと囲んで寄り添う密度の高い温かさがあります。日々の生活には、お気に入りの道具や家族の営みといった、愛おしい生活の温度が自然と溢れ出てくるものだからです。
居心地の良さを生み出すのは、間取りの形式や面積そのものではなく、その場所でどんな時間を分かち合いたいかという「家族の関係性」そのものです。
建築家が引く図面やシナリオは、暮らしの「きっかけ」にすぎません。そこで紡がれる日々の時間は、住まい手ご家族に委ねられています。
暮らしの数だけ、キッチンの佇まいがある
だからこそ、私たちはひとつの型を押し付けることはしません。住まい手の数だけ、あるべきキッチンの姿は異なります。
▼ セミオーダーで、空間のノイズを削ぎ落としたキッチン

今回エクレアパーツ様の小冊子に掲載された「ケヤキと共に暮らす家」では、信頼のおける既製パーツ(キッチン・キット)を活かしながら、木目が美しいタモの練り付け(突板)で全体を包み込む「セミオーダー」の形をとりました。
引き出しは取っ手を排し、上端を斜めにカットしたテーパー仕上げに。背面のカップボードや吊戸棚も素材を統一し、ミリ単位で調整することで既製品特有の隙間や違和感を消し去り、生活のノイズを静かに引き算しています。
▼ 大きなカウンターを囲む、家具のようなフルオーダーキッチン

一方、週末の非日常を過ごす「一宮のセカンドハウス」では全く異なるアプローチを試みました。
大きなL字の木製カウンターとシンクを一体で仕立てた「フルオーダー」のキッチンです。
料理を作る人と、ワインを傾けてくつろぐ人がボーダーレスにひとつのカウンターを囲めるよう、キッチン土間とダイニング側の床に段差を設け、視線とカウンターの高さを揃えています。
バックカウンター壁面の大型モニターではスポーツ観戦も楽しめ、料理をしながら、あるいはグラスを傾けながら、家族や仲間とともに賑やかな時間を分かち合える場所になっています。
「静かな背景」をつくるということ
キッチンの選択肢は、こうしたフルオーダーやセミオーダーだけに限られません。
ご予算や日々のお手入れのしやすさ、清掃性を最優先に考え、メーカーの「システムキッチン」を上手に取り入れる選択ももちろんあります。
建築そのものが過度に主張してしまっては、暮らしの居場所がなくなってしまう。
住まう人の暮らしやモノを大らかに受け止めるために、私たちが大切にしているのは、「どのメーカーの、どんな形のキッチンを選ぶか」を超えて、選ばれたキッチンが空間の中で唐突に主張せず、日々の暮らしを引き立てる『静かな背景』として佇んでいることです。
日常のストレスを減らすための緻密なパントリーや収納の設計。そして、視覚的な雑音を消し去るミリ単位の手仕事。
かつて母が立っていた台所や、父の珈琲の香りが染み込んでいたあの部屋のように、住まいはやがて家族にとってかけがえのない「記憶の原風景」になっていきます。
これから家づくりを始められる方それぞれのノスタルジーや、思い描くこれからの時間に耳を澄ませながら、日々の人生を静かに引き立てる器をつくり続けていきたいと思います。
「自分たちに合うキッチンの形を見つけたい」「土地や間取りの相談をしてみたい」など、家づくりの初期段階からのご相談もアトリエにて随時承っております。お茶を飲むような気軽さで、どうぞお気軽にお声がけください。
カワムラアーキテクツ一級建築士事務所
千葉・東京を中心に、神奈川・埼玉など関東一円(ご相談により全国対応)にて、住まい手の暮らしを引き立てる「静かな背景」となる住宅の設計を手掛けています。


























