チークの床と、猫のような身体感覚。

「お父さんの設計した家は、固くて居場所がない」

少し前に、娘から投げかけられた一言です。
建築家として一瞬フリーズしてしまうような手痛い指摘でした。

たしかに、庭の水やりをしてくれている時の娘を見ていると、実によく動きます。日当たりの良い場所、風の抜ける場所を感覚的に見つけては、そこに佇んでいる。その姿はどこか「猫の身体感覚」に近いものがあります。

そんな彼女にとって、ガランドウの2階空間は端正で美しくても、生身の身体をあずけて「ゴロン」とできる柔らかさが足りなかったのかもしれません。

特に、床に選んだ「チーク材」。
世界三大銘木の一つでもあるチークは、しっとりとした気品ある美しい木目と、圧倒的な高級感をもたらしてくれる素材です。この床材は、設計当時これから同居する母(妻の母)と一緒にショールームへ何度も足を運び、「これがいいね」と対話を重ねて選定した、大切な記憶のカタチでもあります。

ただ、木材としての密度が高く、強靭で「硬い」という特性も持っています。建築の足元を美しく、かつ堅牢に引き締めてくれるこの頼もしい硬さが、娘にとっては「そのまま直に寝転がるには、ちょっと身構えてしまう固さ」に映ったのでしょう。

素材の選択肢として思い出したのが、今春竣工した「ケヤキとともに暮らす家」の床のことです。

あの家の床には、足触りが柔らかく、温かみのある「杉板」を採用しています。お施主様ご家族ののびやかな暮らしぶりや全体の雰囲気、そしてコストの面から、これこそがベストバランスだと確信してご提案した素材です。

左側の塗り壁に落ちる斜めの光が、杉の柔らかな木目を浮き上がらせています。
お施主様のために選び抜いたはずのあの杉板の質感を思い返したとき、娘の言う「ゴロンとできる柔らかさ」の正体が、実はこの、杉が持つ物理的な「柔らかさ」と「人肌に近い温かさ(熱伝導率の低さ)」そのものだったのではないか、と思いました。彼女の「猫のような身体感覚」は、無意識のうちにチークの硬質さではなく、杉のような有機的な柔らかさを求めていたことに、気づかされたのです。

建築家がエゴで作った「美しいだけのギャラリー」のような空間は、そこで暮らす生身の人間を緊張させてしまいます。生活の背景であるはずの建築が、主役を脅かしては本末転倒です。その「背景としての建築」をまさに自問自答している舞台が、この美浜のコートハウスです。

元々は母との同居を見据えて設計した二世帯住宅で、竣工後の4年間は母がひとりで暮らしていましたが、来年の春、ついに私たち家族が引っ越して本格的な同居をスタートします。

それに伴い、ガランドウだった2階が家族のLDKになります。これまでは私のアトリエの延長線だった場所が、「家族が毎日を営む場所」へと生まれ変わる。そのための整備を、これから本格的に計画していくことになりました。

テーマは、「建築は固く、設えは柔らかく」です。

空間のBefore / After:大人な佇まいと、猫の野生

これまでは、空間の骨格をそのまま見せるために、あえて家具を置いていませんでした(Before)。

新しく計画しているAfterのイメージは、照明の陰影が美しく、素材の質感が引き立つような、少し「大人な落ち着いた雰囲気」を目指しています。
ですが、ここで私のエゴだけで締め上げすぎては、また娘に「居場所がない」と言われてしまいます。義母と選んだチークの床が持つ大人っぽいシックな高級感と歴史を何より大切に引き継ぎながら、そこに娘の言う「生身の身体をあずけてゴロンとできる柔らかさ」を、どのように破綻なく、設え(インテリア)として重ね合わせていこうかと、いま心地よい悩みに頭を巡らせています。

AIによるイメージ
AIによるイメージ

・家具による「柔らかさ」の実験
まずは上質な家具や大ぶりのラグで空間の重心をぐっと下げてみます。完璧なハコのなかに、あえて「猫のようにまどろめる余白(ブランケットやクッション)」を混ぜていく試みです。

・造作ミニキッチンの設置
お施主さまとお茶を飲みながら雑談できる場であり、私たちのこれからの暮らしの中心となる造作ミニキッチンを設えます。淹れたてのコーヒーの香りが、固い空間の輪郭をふっと緩めてくれるはずです。

建築家として、細部の精度を妥協することは一切ありません。
けれど、そこでの暮らしや過ごし方は、どこまでも無防備で、柔らかくていい。

義母が4年間大切に守ってくれたハコに、来春、ここから新しい家族の日常が始まります。
娘の飾りのない素直な一言から始まったこの変化を、これからの設計のヒントにしながら、美しくも居心地の良い「背景としての建築」を仕立てていきたいと思います。

計画の進捗や、具体的アイデアのせめぎ合いは、またこちらで正直にご報告したいと思います。

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